ワインを系統毎に分類して保管していきます

メオ・カミュゼ・リシュブール

f0055030_21275258.jpg【生産者】

メオ・カミュゼ


【ワイン銘柄】

リシュブール


【ワイン生産国、地域】

フランス-ブルゴーニュ


ドメーヌ・メオ・カミュゼ

メオ・カミュゼの歴史は今世紀初頭にさかのぼる。1902年から1932年にかけて、コート・ドール県議会議員であり、ヴォーヌ・ロマネのワイン生産者であったエチエンヌ・カミュゼがドメーヌ拡大を手がけ、やりがいのある評判の良いブドウ畑をセレクトした。

一連の素晴らしいアペラシオンはエチエンヌの尽力によるもので、特に彼が入手したクロ・ヴジョのブドウ畑は最良の場所に位置していた(彼は、このクロ・ヴジョの城がタスト・ヴァンに譲り渡される前の最後の所有者であった)。

エチエンヌ・カミュゼ氏の娘、マリア・ノワロがブドウ畑を相続していたが、1959年に亡くなる際子供がいなかった為、近親のジャン・メオにドメーヌを遺した。ジャン・メオは当時ドゴール将軍の内閣に籍を置いていた。

マリア・ノワロ女史の「すべてを存続させる」という意志はもちろん尊重された。ドメーヌを拡大していくことは畑を実際に任されていた分益小作人達に託された。ジャン・メオはワインの商品化にも力を入れた。当初は地元で有力なネゴシアンに樽で売買された。この経営段階においてはジャン・メオはパリの職務を果たしながらブルゴーニュのドメーヌの監督を続けることができた。

1985年よりメオ・カミュゼは所有者本来の名を維持しつつワインを販売することとなった。1988年以降、ジャン・メオは分益小作人の引退に伴い、徐々にブドウ畑を仲介者を入れずに開拓することに着手した。(現在も2.5ヘクタールの畑が分益小作の状況にある)もはや、パリに居ながらドメーヌを管理するには手が及ばず、「大地への帰還」が必要となっていた。

そこでジャン・メオの息子であるジャン=ニコラ・メオが1989年よりドメーヌの経営を担当するようになり、ドメーヌの管理と発展に携わっている。ブドウ栽培に関しては、クリスチャン・フロワが主に担当しており、彼自身は元々分益小作人の出身であるが、ドメーヌ全体に力を注ぐことを選んだ。


ワイン造り

ブドウは自然に発酵が始まる前に3日から5日間もろ味果汁と一緒に約15度の温度で冷却浸漬される。発酵中、34度から35度を越えないように常に温度管理される。

ワインはその後、好条件でワインの熟成が保たれるように、仕込みタンクから樫の新樽に移される。樽はワインに適度な酸素とのコンタクトをもたらし、ワインを安定化させる。また樽はワインによく合うアロマをもたらし、ワインの本来持っているアロマをも引き出してくれる

重力を用いた瓶詰め方法で、ノンフィルター、例外がなければノンコラージュが基本。このように、人が手を加えることで、ワインが本来持っている自然の良さをなくしたりはしない。つまり、ドメーヌの信条として、素材の良さを尊重すること、ワインを本来あるがままの姿で扱うこと、生きている成分を考慮すること。以上のことは、自然に対して受身の態勢で居るということではなく、自然がより良い形で生み出されるように寄り添って、自然の成り行きを助けていくことを意味する。

【ワインタイプ】

赤ワイン


【ワイン容量】
750ml

【ワイン品種】
ピノ・ノワール
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by dmxakira | 2006-03-15 21:26 | ブルゴーニュ


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